ペトロの手紙U 1:3〜15
1:3 主イエスは、御自分の持つ神の力によって、命と信心とにかかわるすべてのものを、わたしたちに与えてくださいました。それは、わたしたちを御自身の栄光と力ある業とで召し出してくださった方を認識させることによるのです。1:4 この栄光と力ある業とによって、わたしたちは尊くすばらしい約束を与えられています。それは、あなたがたがこれらによって、情欲に染まったこの世の退廃を免れ、神の本性にあずからせていただくようになるためです。1:5 だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、1:7 信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。1:8 これらのものが備わり、ますます豊かになるならば、あなたがたは怠惰で実を結ばない者とはならず、わたしたちの主イエス・キリストを知るようになるでしょう。1:9 これらを備えていない者は、視力を失っています。近くのものしか見えず、以前の罪が清められたことを忘れています。1:10 だから兄弟たち、召されていること、選ばれていることを確かなものとするように、いっそう努めなさい。これらのことを実践すれば、決して罪に陥りません。
ペトロの手紙は勿論ペトロが書いたものです。ペトロはイエス様から沢山誉められ、また沢山叱られました。信仰によって水の上を歩く経験もしましたし、またイエス様が神の独り子である証明としての変貌山での出来事も経験しています。(マタイ17)
また「サタンよ引き下がれ」と叱責される事もあり、イエスを3度知らないと言いました。しかし、ペトロは最終的にイエス様から ルカ22:31 「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。22:32 しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」と言われていました。
そして、復活のイエス様から「わたしの羊を飼いなさい。」との使命を戴いています。
そのようなイエス様からの指導を受けて、ペトロは使徒言行録において力ある働きを現しています。
さてペトロの手紙Uでは諸教会の信徒にあてて、ここでも力強く励ましのメッセージを伝えています。1:3「主イエスは、御自分の持つ神の力によって、命と信心とにかかわるすべてのものを、わたしたちに与えてくださいました。」
イエス・キリストのメッセージは私たちに必要なもの全てを現してくださいました。命とは何か、信仰とは何かという事です。
そして「それは、わたしたちを御自身の栄光と力ある業とで召し出してくださった方を認識させることによるのです。」(3)とあります。すなわち、神ご自身を私たちが認識するためでした。イエス様は神を現すと共に、信仰によって私たちは神を認識するに至ります。私たちは信仰を通して力ある神と親しく、個人的に知る時に神様で満たされる事が出来ます。
1:4「この栄光と力ある業とによって、わたしたちは尊くすばらしい約束を与えられています。それは、あなたがたがこれらによって、情欲に染まったこの世の退廃を免れ、神の本性にあずからせていただくようになるためです。」
「この世の退廃」、これを聖めるためには、まず私たち自身が聖められる必要があります。この世界はサタンと神との戦いとなっています。多くの人々が心に傷を受け、それによって人を傷つける者となってしまっています。これはサタンの働きです。
私たちは神様で満たされる事によって「情欲に染まったこの世の退廃を免れ、神の本性にあずからせていただく」ことが出来ます。そのためにイエス様は、私たちの贖いとなってくださいました。「神の本性」、これが私たちの性格です。「神の性質」、これが私たちの性質とならなければなりません。
1:5「 だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、1:7 信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。1:8 これらのものが備わり、ますます豊かになるならば、あなたがたは怠惰で実を結ばない者とはならず、わたしたちの主イエス・キリストを知るようになるでしょう。」
ここでは信仰とは、常に訓練である事を述べています。スポーツ選手は理論を学んだだけでは上達しない事を知っています。理論を学びそしてそれを繰り返し実践する事によって自分のものにしていきます。
信仰も同じです。御言葉を知っているだけでは十分ではありません。それを繰り返し実践してみる必要があります。そして一段高い所に上った時に、今まで理解できなかった御言が分かるようになります。この繰り返しによって人は実を結ぶ者となり、そしていよいよ、イエス・キリストの大きさ、豊かさを知る事が出来ます。
1:5「 だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、1:7 信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。」
神の性格を自分のものとする事によって、これを実践する事が出来ます。
1:9「これらを備えていない者は、視力を失っています。近くのものしか見えず、以前の罪が清められたことを忘れています。」
パワーフォーリビングでは、クリスチャンをガチョウに例えて、成長するならば、大元の渡り鳥のガンのように大空を飛ぶ事が出来るし、また、本来人はそのように造られていると教えています。しかし、多くのクリスチャンが、ガチョウのまま住み慣れた地上で暮らしている、と述べています。
私たちはキリストと共に歩むならば、その聖さを保つ事が出来ます。日常の出来事のみに囚われていますと、どうしても心に傷を受けてしまう事があります。私たちは常に、全ての事について信仰の目を通して見ていきたいと思います。
1:10「だから兄弟たち、召されていること、選ばれていることを確かなものとするように、いっそう努めなさい。これらのことを実践すれば、決して罪に陥りません。」
旧約時代には祭壇に近づく祭司たちは身を清めてからその努めに当たる事が規定されています。現在はその様な特別な規定はありませんが、それでも説教準備をする時などは、頻繁に手を洗っている事に気づきました。
昨日のラジオを聞いていましたら「韓流」のテレビを見る前に妻はお化粧をしているとの投書が紹介されていました。人は実に環境に左右されやすいものだとつくづく感じました。
この世のものに近づけば、その色に染まります。神に近づけば神のその聖さに染まります。
1:11「こうして、わたしたちの主、救い主イエス・キリストの永遠の御国に確かに入ることができるようになります。1:12 従って、わたしはいつも、これらのことをあなたがたに思い出させたいのです。あなたがたは既に知っているし、授かった真理に基づいて生活しているのですが。1:13 わたしは、自分がこの体を仮の宿としている間、あなたがたにこれらのことを思い出させて、奮起させるべきだと考えています。1:14 わたしたちの主イエス・キリストが示してくださったように、自分がこの仮の宿を間もなく離れなければならないことを、わたしはよく承知しているからです。
1:15 自分が世を去った後(のち)もあなたがたにこれらのことを絶えず思い出してもらうように、わたしは努めます。」
ペトロは自分の地上における働きの終わりを感じ取り、信徒達へ繰り返し「永遠の御国に確かに入ることができるように」(11)と薦めをしています。
イエス様は、私たちが「この世の退廃を免れ、神の本性にあずからせていただくようになるため」(4) に「栄光と力ある業とによって」私たちを導いてくださっています。
信仰を日々の生活の中に実践してまいりましょう。
<要約>
イエス様からの指導を人一倍受けたペトロは使徒言行録において力ある働きを現しています。ペトロの手紙Uでは諸教会の信徒に宛てて、ここでも力強く励ましのメッセージを伝えています。1:3「主イエスは、御自分の持つ神の力によって、命と信心とにかかわるすべてのものを、わたしたちに与えてくださいました。それは、わたしたちを御自身の栄光と力ある業とで召し出してくださった方を認識させることによるのです」。私たちの救いは、神ご自身を私たちが認識するためでした。信仰によって私たちは神を認識するに至ります。私たちは信仰を通して力ある神と親しく、個人的に知る時に神様で満たされる事が出来ます。
1:4「この栄光と力ある業とによって、わたしたちは尊くすばらしい約束を与えられています。それは、あなたがたがこれらによって、情欲に染まったこの世の退廃を免れ、神の本性にあずからせていただくようになるためです」。「この世の退廃」、これを聖めるためには、まず私たち自身が聖められる必要があります。私たちは神様で満たされる事によって「情欲に染まったこの世の退廃を免れ、神の本性にあずからせていただく」ことが出来ます。そのためにイエス様は、私たちの贖いとなってくださいました。「神の本性」、これが私たちの性格です。「神の性質」、これが私たちの性質とならなければなりません。
1:5「 だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を」。ここでは信仰とは、常に訓練である事を述べています。スポーツ選手は理論を学んだだけでは上達しない事を知っています。理論を学びそしてそれを繰り返し実践する事によって自分のものにしていきます。信仰も同じです。御言葉を知っているだけでは十分ではありません。それを繰り返し実践してみる必要があります。それによって人は実を結ぶ者となることが出来ます。イエス様は私たちが信仰による成長をする事を願っておられます。