皆様暑い日々が続いていますが、如何お過ごしでしょうか。本の中の本と言われている聖書は、私たち人間のマニュアルです。つまり生きるための手引き書です。ですから聖書は、私たち人間の案内人ということができます。皆さんは人間のマニュアルである聖書を読まれたでしょうか。まだでしたら、是非、手にされて読まれますようお薦めいたします。何故なら、皆さんはテレビを買ってきたならば、電源を入れるにはどうするのか、どうしたらチャンネルを設定して番組を見ることが出来るのか、必ずマニュアルを読まれるでしょう。テレビは人間が作ったものですから、その正しい使い方は人間が知っています。
では、人間の正しい生き方については誰が知っているのでしょうか。ある人達は人間の正しい生き方は人間が考えるしかない、と思っています。しかし、テレビの使い方はテレビを作った人間が知っているように、人間の正しい生き方は人間を作った神が知っています。聖書は、神の啓示を受けて書かれた、人間が正しく生きるための手引き書です。
ですから私は聖書を手にされて読まれますようにとお薦めしているのです。さて、聖書の初めには人類最初の人、アダムとエバについて書かれています。彼らはエデンの園という神様が用意された楽園に住み、神と共に生きていました。これが本来の人間の正しい生き方です。つまり、神と共に生きる、と言うことです。皆様は如何でしょうか、人生を神と共に生きているでしょうか。神に相談することなく自分勝手に生きていることはないでしょうか。
実はアダムとエバも、自分勝手に生きることを始めたために、アダムとエバの子孫である私たち人間は、神が必要との思いはあるけれども神とはどのような方かも知らないし、自分勝手に生きるのも魅力があると思い、神から離れて生きていました。
そこで、神様はもう一度神と共に人間が生きるようになるためにイエス・キリストを世に送り、神と共に生きる道を造られました。ですから今の時代は誰でも、今までの自分勝手な生き方を改めて、神と共に生きる人生を歩むことができるようになっています。勿論神と共に生きる人生を歩むためには初めに言いました人間のマニュアルである聖書を注意深く読む必要があります。しかし、それによって人間は誤りのない祝福された勝利の人生を歩むことができます。
ここで、もう一つの事についてお話しします。それは皆さんの中の多くの方は人類の祖先はアダムとエバではなく猿だと教えられたと言うかもしれません。人類の祖先は猿だと言うのは進化論を信じる人たちが言っていることですが、これについて話しますと長くなりますが、結論の部分だけをお話ししますと、アメリカ合衆国では進化論を信じている人は40%にしか過ぎないと言うことです。
また、2001年にアメリカの新聞に100名を越える生物学者や科学者たちの連名で広告が載せられました。それには次のようにあります。「我々は、『生命体の複雑性は、無作為の突然変異や自然淘汰により生まれた』という意見に懐疑的であり、進化論の証拠に対する精査を強く奨励する」と言うものです。
つまり100名を越える専門の科学者達は進化論を信じていません、と言っていると言うことです。
進化論の証明の誤りについて3つだけお話ししますと、一つには猿と人間の中間の原人の化石が見つかっている、と伝えられていますが、これは全てねつ造されたもので、その絵は進化論を信じる画家によって想像して書かれたものだと言うことが分かっていると言うことです。
二つ目には生命は木の枝のように少しずつ進化して一つの細胞から始まって枝分かれして高等な生物が誕生したと説明されていますが、現在分かっていることは、少しずつ増えたのではなくカンブリア紀という時代に爆発的に誕生していると言うことです。
三つ目には、一つの細胞でさえ偶然によって作られるような単純なものではないと言うことが分かってきていると言うことです。一つの細胞には13の器官があり、その中には複雑なDNAと呼ばれる遺伝子もあり、常に遺伝子の複製が作られ分裂を繰り返して生きていると言うことです。13の器官の一つでも欠けたならばその細胞は直ぐに死んでしまうとのことです。
DNAの発見でノーベル賞を受賞した生化学者のフランシス・クリックは、次のように言っています。「正直のところ、現在の知識を総動員して言えることは、生命誕生のために満たされるべき条件が非常に多いため、現時点では生命の起源は、まず奇跡としか思えない、と言うことだ」と言っています。
つまり、トップレベルの科学者でさえ生命の起源は知性を持った創造者である神によって造られたと言うことを認めていると言うことです。
このように多くの科学者によって進化論はあくまでも仮説に過ぎず、はっきり言って誤りです、と言っているのに、なおも硬く信じている人たちが居るのは何故でしょうか。それは進化論は誤りでしたと認めるならば、すべての人類は創造者である神を受け入れなければならないからです。
そして神を認めるならば今までのように、自分の主人は自分であり、自分勝手に生きると言うことが出来なくなると考えるからです。ですから神を信じたくないと言う人たちは、科学的な明白な事実に目をつぶって進化論にしがみついていると言うことです。
誤った進化論によって導き出される影響について述べますと、次のようになります。
1.生きる目的が見出せない、と言うことです。
人間は、偶然の積み重ねで生まれて来たのだから、生まれて来た目的は無いと言うことになります。進化論が提供する世界とは「無目的」で「意味を持たない」世界であると言うことです。そこには虚無感が漂い、「どうしようもない絶望」がやってきます。日本では自殺が問題になっていますが、その原因には進化論が信じられていると言うことが関係しています。人は動物と違って物があっても希望がなければ生きられないからです。
2. 弱い者は、価値が無いと考えると言うことです。
自然淘汰は強いものが最後に生き残る世界ですから、弱い者を抹殺しようとします。弱い者は、下等であり生きる価値が無いと考えます。これは社会福祉の理念である「弱い者と共に生きる」と言うものと相反する考え方です。これは日本では、社会福祉がなかなか根付いていかない原因になっています。
3. 神を否定すると言うことです。
進化論では自然現象によって生命が誕生すると考えますから、神は必要なくなります。ですから無神論者が増えると言うことになります。
しかし、事実は人間は神を必要とし、神と共に生きるように造られていますから、神無しで健康で平和な人生、祝福された勝利の人生を歩むことができません。
先に述べましたように進化論の誤りは明白であって、決して人間は偶然によって生まれて来たのではなく、神によって創造されたものであると言うことです。
ですから人間のマニュアルである聖書を、是非、手にされて読まれますようにとお薦めしているのです。
そこには「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」(使徒16:31)と記されています。イエス・キリストの救いを受け、神と共に生きる人生を通して、生きる目的と希望と真理とを見出して頂きたいとお薦めいたします。